刑務所から出たわたしの最初の仕事は、東急大井町線沿線の名前を聞いたことのないある街で、夏まつりと同時期に行われる「第21回夏のボーリング大会」を運営することだった。といっても「ボーリング」とは名ばかりで、商店街全体をグラウンドとしてボールを奪い合い、相手のゴールに入れるというサッカーのような競技である。ただそのすべてにおいて、ボーリングの球を使う。なぜボーリングの球を使うのか、なぜこのような競技を「ボーリング」と呼ぶのかは分からない。ただ過去20回同じようなことが行われてきたのだろうな、ということしか分からない。

須藤君という青年がアシスタントとしてわたしにつくことになった。彼は男前である、ということ以外に印象がなかったが寡黙で人を信じやすい質の男であった。

当日になり、テレビ中継の実況を須藤君と二人で担当することになっていたが、解説者として商店会長の親父が入ることになり須藤君は外れることになった。そうして試合が始まり順調に進んでいったときボーリングの球が坂道に出て止められなくなり、東急線の踏切に向かって弾みをつけて転がっていった。そこへ事前に試合時間中の運行停止を依頼していた筈の電車がさしかかり、ボールは電車のドアのあたりに激突した。電車のドア窓は粉々に割れていたが、ボールは車両の中には飛び込まず幸いにも大けがをした人はいないようであった。しかし、想定し得なかったこの事態にわたしたちはただ狼狽するしかなく、何をするでもなくその場に立ち尽くすのみであった。私服警官らしい男がやってきて「責任者の方はどちらですか」と尋ねるが誰も何も言い出せずにいるうち、警官は須藤君となぜか商店会の親父を引っ張って行き、彼らもそれに何ら抗議することなく連行されていった。

彼らが去った後、途端に「なぜそこで名乗り出なかったのか」という思いがわき上がり、夏祭りから帰る人たちが乗る東急線に乗り込み、車掌に頼んで社内にアナウンスをさせてもらう。

「本日は◯○(地名が入るが何であったかは覚えていない)夏まつり、ならびに第21回○○夏のボーリング大会にご来場いただき、誠にありがとうございました。また、当方の不手際により皆さんにご迷惑をおかけしたこと、深くお詫び申し上げます。いつになるかは分かりませんが、次回のボーリング大会にて皆様にお目にかかれるよう、努力して参りたいと思います。本日はありがとうございました」

といったことを話し終わると、車内は満場の拍手に包まれた。

しかしわたしには何をやっても「違う、違う・・・」としか考えられず、泣きたくても涙は一向に流れず悔しさのみで終着駅のホームにひざをつき、途方に暮れるのだった。

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